2010年12月31日金曜日
2010年12月29日水曜日
2010年12月13日月曜日
マエストロ・エンリケ・モレンテ
まるで昨日のことのように思い出す。
あれはいつだったか、もう10数年前のこと、マエストロ・エンリケ・モレンテと私は、マドリード発セビージャ行きのAVE(新幹線)に乗っていた。カルロス・サウラ監督の映画『フラメンコ』の撮影に向かう為だった。セビージャのエスタシオン・ノルテでの撮影。本当に、まるで昨日のことのように思い出す。
撮影の数週間前、音楽プロデューサーで私の友人のイシドロ・ムニョスからの電話を受けた。エンリケは映画でマラゲーニャを歌うから、その準備をしておいてほしいとのことだった。私は、エンリケと共演できることを心から嬉しく思い、撮影当日までの数週間、自宅のスタジオにこもり、エンリケのために、かっこいいファルセータを作曲しようと張り切っていた。
そして、撮影当日。ファルセータは完璧に仕上がり、集中した基礎練習のおかげで、指の状態も最高潮。そして何より、エンリケとの掛け合いにワクワクしていた。
そして迎えた本番。カメラもライトもセッティングされ、ウォーミングアップをしながら待っているところに、エンリケがこういい出した。「カニ、俺のこと、スペインから追っ払いたくなるかもしれないけどな、今日はシギリージャが歌いたい気分なんだ」「ああ、エンリケ。マラゲーニャを準備して来たけど、まあ、その、どうしてもシギリージャを歌いたいなら、もちろん喜んで。。。」監督と音楽プロデューサーは、なんとかエンリケを説得しようと必至だった。「エンリケ、そうは言っても、もう全部マラゲーニャってことで準備が整っているし、なんとかマラゲーニャでお願いしますよ〜」。
でも、一体誰がこの『天才』の意見を変えられるだろうか?数週間に渡ってスタジオにこもり、やる気満々で完成させたマラゲーニャのファルセータはゴミ箱行き。撮影はいったん休憩に入ったものの、1時間後に再開される。たった1時間!この短い時間の中で、マエストロ・モレンテの歌を引き立てる、気の利いたファルセータを幾つも作曲しなければいけない。そう思うが早いか、私の頭はマッハのスピードで回転しはじめていた。よ〜し、こうなったら意地でも超カッコいいファルセータを作曲するぞ!身体の内側から、闘争心にも似た熱い思いがこみ上げて来た。でも、その一方で、もう一人の自分がつぶやいていた。「ありえない!」
更に私をナーバスにさせたのは、撮影はアフレコではなく、全てライブということ。もし失敗したら、全て撮り直しか、納得いかないテイクが採用されてしまう。ここは、一発勝負にでるしかない!そんな背水の陣で迎えた撮影だったが、ひとたびカメラがまわり始めると、これまでの緊張や不安がウソのように消え去った。マエストロの歌声は耳から入ってくるというよりは、心の芯に突き刺さるように響き、自分でも信じられない程の深い感情を呼び覚ました。そして泉から湧き溢れるようなインスピレーションは、いとも簡単にメロディーやファルセータを紡ぎ出してくれた。撮影が終わる頃には、あの数週間に渡って編み出したファルセータのことなど、頭の片隅にも残っていなかった。
撮影終了後、夕食をとり、その後エンリケと私と、親しい友人ほんの数人で、セビージャの隠れ家的な飲食店へ行った。夜も更けて来た頃、もう他の客もいなくなったので、貸し切りにすることに決め、店を閉めてもらった。秘密裏に開かれる「フエルガ・フラメンカ」の始まりである。もちろん、私はギターを持参していた。その場にいあわせたのは、エンリケと私と、他には3〜4人の友人だけだった。エンリケはブレリア、タンゴ、ファンダンゴ、ソレア、と気の向くままに歌いはじめ、早くもいい雰囲気になって来ていた。皆がエンリケの歌にうっとりしていると、突然こう言い出した。「カニ、カポタストを2フレットか3フレットにつけてくれるか?マラゲーニャが歌いたい気分だ」
不幸中の幸い?とでも言うべきか。思いがけないところで、映画の為に作曲したファルセータを披露する機会が訪れた。マエストロの歌声を聴いていると、地平線が見えなくなるほど遠くへ沈み、空を舞うような感覚に包まれ、完全に彼の世界、エンリケ・モレンテの宇宙に引きずり込まれた。迸る感情。はからずも涙が溢れ、ギターを弾く指がその場で凍り付いた。激しい情動。その瞬間、モレンテの催眠にかかってしまったかのように、カンテに伴奏するコードを弾くことが出来なかった。
そして次の瞬間、ふと我に返った。エンリケが詩の一節を歌い終えたとき、全魂を込めて、エンリケの為に作曲したファルセータを思い切り弾いた。エンリケはゆっくりと瞼を閉じ、ギターの音色に身を任せるように微笑むと、やがて次の詩を歌いはじめた。思い出しながらこれを書いている今も、あの時の感覚が生き生きを蘇り、また一筋の涙が頬をつたう。
マラゲーニャを歌い終わると、エンリケはおもむろに立ち上がり、考え込むような眼差しで私をみるとこう言った。「カニ、スゴイ隠し技があったんだな。こんなファルセータがあるって分かってたら、撮影のときシギリージャじゃなくて、マラゲーニャを歌ったのに、なんで言ってくれないんだよ。ああ、やっぱりマラゲーニャを歌うべきだったよ!」
マエストロ・エンリケは、私にとってあまりに大きな存在だった。素晴しいたくさんの思い出を残してくれた。家族の一員のようだった。彼から教わったことは計り知れない。フラメンコについても、人生の哲学についても。
マエストロ、聞こえますか?私は、あなたに借りがあるままです。あの夜、感情の大波に飲まれて、弾けなかったマラゲーニャのコード。いつかまたどこかであう時までのお預けになってしまった。どうか、私たちを残して逝かないで下さい。まだたくさんやり残したことがあるじゃないですか。もっとあなたの歌に伴奏したかった。もっと一緒にたくさんのプロジェクトもやり遂げたかった。そしてなにより、あなたと一緒に歩みたかった。私も不死身ではないから、きっとまたいつか、どこかで会えるはず。あなたが口癖のように言っていた言葉を、今、改めてかみしめます。「生きているって、それだけで奇跡だ」。でも、エンリケ、あなたは私の心の中でまだ生きています。私の魂の中で、これからもずっと生き続けます。エンリケ、尊敬の念が尽きません。安らかに眠って下さい。
Enrique Morente - seguiriyas
2010年12月1日水曜日
日本大使公邸にて





今日は、マドリードの日本大使公邸で天皇陛下の誕生日をお祝いする会が開かれ、妻の真理子と共に、高橋日本大使に招待を頂き、やや緊張した面持ちで伺いました。
会場となった大使公邸に着くなり、日本大使館のたくさんの方々が挨拶してくれました。なんと、先日(10月15日)にマドリードで行った、私の新譜『クエルダス・デル・アルマ』のお披露目公演に来て下さった方々だったのです!驚きました。たくさんの日本人に囲まれ、いったいコンサートはマドリードであったのか、それとも東京であったのか?錯覚してしまうような不思議な感覚におそわれました。
その私の「錯覚」に追い打ちをかけた出来事が、こちら。まったく予想さえしないところで、予想できない人の姿が目に留まりました。誰に会ったと思いますか?なんと、日本をはじめ世界で活躍されている、スペイン舞踊家の小松原庸子さんです。彼女はたまたまここ数日、仕事でマドリードを訪れており、今日のパーティーに招待されていたのです。
小松原庸子さんは、日本を代表するフラメンコ・ダンサーで、スペインでも日本でも、たくさんの芸術賞を受賞されている、素晴しいアーティストです。人ごみの中でもひと際目を引く彼女の存在に気づいた私は、彼女に歩み寄りご挨拶させて頂きました。それにしても偶然が重なり、「いったいここはマドリードでしょうか?東京でしょうか?」と冗談を交わしあいました。とても気さくで、素晴しい方です。
せっかくお会いできたので、私の新譜『クエルダス・デル・アルマ』をプレゼントしました。「来年の日本ツアーの時には、必ず声をかけて下さいね、楽しみにしています」と、小松原さん。この場を借りてお約束します。来年日本へ行く時には必ずご連絡しますよ。CDも是非お楽しみください。
パーティーでは、知り合いの日本人の方々、また今回初めてお会いした方々と楽しい話で盛り上がり、あっという間に時間が過ぎてしまいました。高橋大使、本日はお招き頂きありがとうございました。とても有意義なひとときでした!
2010年11月14日日曜日
ポズナン(ポーランド)でのコンサート




2010年11月13日土曜日
オスピタレット(バルセロナ)でのコンサート





時に世界は、魅惑的な場所に変貌します。我々の『感覚』がすでに体験した過去へと一瞬にして遡るのです。
ジョベントゥ劇場のステージは、私を幼少時代へと誘いました。バルセロナのこの地区で、私のフラメンコへの道は開かれ、今日へと続いているのです。
ジョベントゥ劇場にを埋め尽くしたお客さんの温かい拍手が、私の遥かな感覚を呼び戻してくれました。
ありがとう、オスピタレット!
2010年11月12日金曜日
コンサート前夜

ポスター:第2回カタルーニャ・フラメンコ・フェスティバル
明日の朝、バルセロナ入りし、オスピタレット市のジョベントゥ劇場で、第2回カタルーニャ・フラメンコ・フェスティバルに参加します。
午後からサウンドチェック、リハーサルと慌ただしく時間が過ぎてゆきます。そして、コンサート後は、殆ど寝る間もなく、ジローナの空港に向かいます。翌日のポズナン(ポーランド)でのフラメンコ・フェスティバルに参加する為です。
一番キツいのは、オスピタレットでのコンサート後、朝の4時にはホテルを出発するというハードスケジュール。コンサートの後というのは、いつもアドレナリンのせいで、なかなか寝付けないので多分、明日は寝られないだろな。
でも、こうしたハードスケジュールや、早朝の出発、眠れない夜が続いても、コンサートをやってよかった、と思うのは、会場でお客さんの惜しみない拍手を聞いたり、ステージから観客の満足げな顔を見たり、あるいはコンサート後の楽屋にたくさんのファンが、感想を伝えに来てくれた時。コンサートに出発する前夜からそんなワクワクした予感で一杯です。
2010年11月11日木曜日
ビセンテ・カリージョの工房







さて、私の新譜『クエルダス・デル・アルマ』を聴いて下さった皆さん、このアルバムは、ビセンテ・カリージョの作ってくれたギターで収録しました。次回聴く時は、その音色にも是非注目して下さい。
ビセンテ、本当に色々ありがとう。とても楽しい1日を過ごせたよ。またすぐに会えるのを楽しみにしているよ!
2010年11月5日金曜日
マンレサ(カタルーニャ地方)でのコンサート


2010年11月4日木曜日
バルセロナでのプロモーション







2010年10月29日金曜日
在スペイン日本大使公邸にて

写真:左から、重雄&ゆき子(義両親)、高橋日本大使、真理子(妻)と私
今日は、マドリードの日本大使公邸に招待されました。私の義両親が、今から約30年前マレーシアの日本大使館で一緒に仕事をしていたそうで、久しぶりの再会でした。この夕食会では、世界各国の文化についての話に花が咲き、特に日本とスペインの文化比較について、興味深いお話が聞けました。文化の違いが、色々な生活体系や考え方に反映されていることに改めて気づかされ、さらに自分の国の文化の素晴らしさを再確認する、とても有意義なひとときでした。ありがとうございました。
2010年10月26日火曜日
マリオ・コルテスのカホン工房訪問
今日は、ラファと一緒にマドリードのマリオ・コルテスのカホン工房を訪れました。
マリオ・コルテスと息子のマルビン・コルテスのカホン製作過程に関する話や、カホンにまつわる逸話はどれもとても興味深く、あっという間に時間が経ってしまいました。とても楽しいひとときでした。
マリオ,マルビン、ありがとう!
2010年10月19日火曜日
2010年10月15日金曜日
マドリードでの新譜お披露目コンサート

今日はマドリードの歴史的なコンサートホール「サン・フアン・エバンゲリスタ」でのコンサート。新譜『クエルダス・デル・アルマ(心の弦)』のお披露目コンサートです。
今日のこの特別なコンサートには、友人のミュージシャンやアーティストもたくさん駆けつけてくれました。舞台上では、私の大事な仲間達が支えてくれました。フアン・カルロス・ゴメス、ラファ・ビジャルバ、イニゴ・ゴルダラセナ、アンヘル・ムニョス、チャロ・エスピーノ。そして音響はカルロ・ゴンサレス。
コンサートの後には、大勢の人が楽屋を尋ねてくれました。コンサートに足を運んで下さった皆さん、本当にどうもありがとう。こういう素晴しい瞬間を過ごすと、また次に向けて鋭気が養われる気がします。
ありがとう、マドリード!
2010年10月9日土曜日
ムシカデオイの15周年記念パーティー
2010年10月8日金曜日
2010年10月5日火曜日
2010年10月2日土曜日
2010年10月1日金曜日
『クエルダス・デル・アルマ』のメイキングオブ
『クエルダス・デル・アルマ』のメイキングオブ
ラファ・ビジャルバ(パーカッション)
イニゴ・ゴルダラセナ(ベース)
アンヘル・ムニョス(カホン&パルマス)
チャロ・エスピノ(カスタネット&パルマス)
カルロ・ゴンサレス(音響)
2010年9月28日火曜日
レリダでのコンサート(国内初演)






今日は、コンコルディア・フェスティバルに参加するため、レリダに来ています。このフェスティバルへの出演は今年で4回目。今回は、新しい作品『クエルダス・デル・アルマ』の国内初演です。例年通り、素晴しい観客に囲まれ、コンサートはとても盛り上がりました。
コンサートの後は、これも恒例となったレストランでの打ち上げ。どのメニューも絶品です。写真ではかなり煙がモクモクと立ちこめていますが、これは煙草の煙ではなく、石焼のお肉から立ちこめる煙です。
とても楽しいレリダ滞在でした。
レリダの皆さん、ありがとう!